(財)日本不動産研究所「不動産研究」第48巻第3号(平成18年7月発行)掲載
〔判例研究 72〕


 自治体による景観保護規制と不法行為の成否
―国立市大学通り高層マンション国家賠償事件第二審判決―


(東京高裁平成17年12月19日判決・判例集未登載-
1審・東京地裁平成14年2月14日判決・判例時報1808号31頁)

関  智 文


 目   次
1. はじめに
2. 事案の概要
3. 本件1審判決(藤山判決)の要旨と問題点
4. 本判決(根本判決)の要旨と問題点
5. 宮岡コート訴訟最高裁判決の影響


1. はじめに

  今回採り上げる判決は、国立市大学通り高層マンション事件で出された一連の判決の一つである。本件は、ごく簡単に言うと、国立市大学通りに高層マンションを建築して販売しようとした業者が国立市と国立市長を訴えた事件である。国立市は本件マンション敷地に対して景観保護のために地区計画を決定したり、条例を制定したりして、その建築を制限しようとし、それとともに国立市長は本件マンションが違法建築であると表明して建築販売を阻止しようとしたのであるが、それに反発した建築販売業者が地区計画及び条例の無効確認・取り消しなどを求めるとともに国立市と国立市長の一連の行為が不法行為を構成するとして損害賠償を請求した事件である。1審判決は地区計画及び条例の無効確認・取り消しは認めなかったが、国立市に4億円の損害賠償を認めた点で社会的に注目を集めた。その控訴審判決である本判決も地区計画及び条例の無効確認・取り消しは1審同様認めず、4億円の損害賠償も否定したが、2500万円の損害賠償を認めた。
  ところで、筆者は、本誌2004年1月号(46巻1号)に「景観利益の侵害を理由とする建物の一部撤去請求の可否―国立市大学通り高層マンション訴訟第一審判決」と題して東京地裁平成14年12月18日判決(判例時報1829号36頁)を紹介した。これは、裁判長の名前を付して「宮岡コート判決」とか「宮岡判決」と呼ばれているものである。宮岡コートでは、完成したマンションの一部撤去請求の可否が問題になった。
これに対して、本件訴訟では冒頭に述べたように、地方公共団体が景観保護のために対象土地に地区計画を決定したり、条例を制定したりして、対象土地の利用を制限することが不法行為を構成するかが問題になった。同じ紛争でも、住民側で提起したものか、マンションの建築主側で提起したものかによって、訴訟の内容が異なっているが、その根元にあるのは「景観利益」が法的に保護されるか否かの問題である。本件1審判決(裁判長の名前から「藤山判決」と呼ぶ)も本判決(裁判長の名前から「根本判決」と呼ぶ)も「景観利益」を否定した。
  宮岡判決はなによりもわが国で初めて「景観利益」が法的に保護されることを認めた点に意義があった。しかも、完成したマンションの一部撤去を求める請求を「景観利益」の侵害を理由に認容した点でも初めての判決であって、その点で画期的なものであった。そこで、筆者は、本誌46巻1号でこのような画期的な意義を有する「宮岡判決」の内容を紹介するとともに、同判決が認めた「景観利益」とは何か、どのような場合に「景観利益」が認められるのか、「景観利益」に基づきそれを侵害する建物の撤去を請求する理論的根拠はどうとらえたらよいか、同判決の打ち出した結論は他のどのようなケースにあてはまるのか、すなわち射程距離と言われる問題などについて考察をした。
  ところが、残念ながら宮岡判決は控訴されて東京高裁で取り消され、「景観利益」が法的に保護されるものであることも完成したマンションの一部撤去が命じられた部分も否定された。この東京高裁は上告され、最高裁第1小法廷は平成18年3月30日にマンションの一部撤去請求は否定したものの景観利益を認容する判決を出した。このように紆余曲折を経たが、「景観利益」は法的に保護されるものであることが最高裁で認められたことによって、違う事件とは言え、同じ紛争に関する本判決(根本判決)の結論にも影響が及ぶと思われるので、この見地から本判決(根本判決)と本件1審判決(藤山判決)を最高裁判決と対比させながら検討することにした。併せて、不法行為が認容された場合の損害額についても検討してみたい。

2. 事案の概要

  本誌46巻1号でも事案の概要を詳しく紹介したが、本稿でも争点を検討する上で必要と思われるので改めて紹介しておきたい。
(1)最初に国立市の大学通り付近の景観を見てみると、JR国立駅の南口はロータリーになっており、このロータリーから南に向けて幅員の広い公道が直線状に延びている。このうち江戸街道までの延長約1.2キロメートルの道路が通称「大学通り」と呼ばれている道路である。そのほぼ中央付近で両側に一橋大学の敷地が接し、南端付近で東側に都立国立高校の敷地が、西側に本件マンションの敷地が接している。本件マンションの敷地の北側に学校法人桐朋学園男子部門のグランドが接している。
  この大学通りは、歩道橋を含めると幅員が約44メートルあり、道路の中心から両端に向かってそれぞれ幅約7.3メートルの車道、約1.7メートルの自転車レーン、約9メートルの緑地及び約3.6メートルの歩道が設置され、緑地部分には171本の桜、117本のイチョウなどが植樹され、高さ約20メートルのこれらの木々が連なる並木道になっている。この景観は全国的も著名であり、東京都による「新東京百選」に選定された(1982年、1993年)ことがある。
(2)大学通り沿いの地域の用途規制状況を見ると、一橋大学から南に位置する地域は、国立高校の敷地及び本件係争土地を除き、その大部分が第一種低層住居地域に指定されており、そこでは建築物の高さは10メートルないし12メートルに規制され、実際にも低層住宅群が構成されている。一方、本件係争土地は例外的に第二種中高層住居専用地域に指定され、用途地域制度に基づく建築の高さ制限はないことになるが、これは以前本件係争土地は東京海上火災の所有土地であり、用途地域指定を受けた当時は4階建て高さ約16メートルの事務センターの敷地として利用されてきた。そこを第一種住居専用地域に指定すると当該建物が既存不適格になってしまうので、それを避けるために第二種住居専用地域に指定された経緯がある。
(3)次に大学通り周辺の地区の歴史的経緯を見ると、同地区は今から約80年前の大正後期から昭和初期にかけて、丘陵地にJR中央線を敷き、設置した国立駅から南に延びる24間幅の広い直線道路の中央部分に東京商科大学(現在の一橋大学)を配置し、道路の左右に200坪を単位とする宅地を整然と区画するという計画の下に開発が進められた。地区の名称も「国立大学町」とされ、教育施設を中心とした閑静な住宅街を目指して地域の整備が行われ、美観を損なう建物の建築や風紀を乱すような営業は行われなかった。この地区においては、環境や景観を守ることを目的とした市民運動が盛んに行われてきた。
(4)このような背景を持つ本件係争土地をX(1審原告明和地所)は平成11年7月に取得して本件マンションの建築を計画した。本件マンションの形状は地上14階、地下1階、総戸数353戸(うち住居は343戸)の分譲マンションであり、建築面積は6401.98平方メートル、高さは43.65メートルであるが、外観上は東西南北の4つの棟に分かれており、そのうち大学通りに面した東棟の1棟がその大部分が大学通りとの境界線から西側20メートルの範囲内に位置している。
(5)国立市は同市の景観条例に基づいてXに対し本件マンションの高さを制限するように行政指導したが、Xはこれに従わなかった。そこで、国立市は地権者の約8割の同意署名を添えた要請に基づき、本件係争土地を含む地区について地区計画を決定し(平成12年1月1日施行)、併せて「地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例」を制定し(平成12年1月1日施行)、その後同条例が改正された(平成12年2月1日施行)ことにより、本件係争土地については建築物の高さは20メートルに制限されることになった。
(6)このような高さ規制に対して、Xは平成12年1月5日に本件マンションの建築確認を受け、直ちに根切り工事のための掘削を開始し、本件マンションは平成13年12月に竣工し、Xは東京都建築主事から検査済証の交付を得た。 (7)関連訴訟の概要
   本件紛争においては、住民と建築販売業者の双方から互いに仮処分や訴訟が提起されたが、それらを時間の経過に従って紹介しておくと次にとおりになる。
 ① 平成12年1月24日及び同年2月29日、住民はX・三井建設に対し八王子支部に建築工事禁止仮処分申立を行ったが、同年6月6日却下決定が出された。住民が抗告し、同年12月22日東京高裁は棄却決定を出した。その決定理由のなかで、東京高裁は本件マンションが違法建築であることを認めた。
 ② 平成12年2月24日、Xは国立市に対して抗告訴訟として本件地区計画部分及び本件条例部分の無効確認・取消しを求める訴訟を提起した(本訴訟の請求1及び2)。
同年3月9日、Xは国立市長に対して予備的に当事者訴訟又は無名抗告訴訟として本件地区計画部分及び本件条例部分の無効確認を求める訴訟を提起した(本訴訟の請求3及び4)。
 ③ 平成13年3月29日、住民はXに対し宮岡コート訴訟を提起した。原告になったのは、学校法人桐朋学園、同学園に通っている児童・生徒、同学園の教職員、本件マンションの近隣の地権者及び居住者であった。同訴訟は当初本件マンションの建築差止めを求めるものであったが、本件マンション完成後は地盤面から20メートルを超える部分の撤去請求に変更された。控訴審の東京高裁は平成16年10月27日宮岡判決を取消し、住民の請求を棄却した。住民が上告と上告受理申立を行い、先に紹介したとおり、最高裁第1小法廷平成18年3月30日判決が出された。
 ④平成13年4月25日、Xは国立市に対して損害賠償金4億円の支払いを求める訴訟を提起した(本訴訟の請求5)。さらに、国立市長に対して本件条例の公布行為が無効であることの確認等を求める訴訟を提起した(本訴訟の請求6及び7)。これらは、上記の請求1ないし4と併合審理された。
   なお、本訴訟においては、学校法人桐朋学園及び本件マンションの近隣住民が国立市と国立市長の補助参加人になっている。
⑤ 平成13年5月31日、住民は東京都多摩西部建築指導事務所らに対し本件建物の除却命令等を求める訴訟を提起した。

3. 本件1審判決(藤山判決)の要旨と問題点

(1)先に紹介したとおり、本件訴訟は請求1から請求7までが併合されて審理されたのであるが、請求1乃至請求4は本件地区計画及び本件条例の無効確認・取消しを求めるものであり、また請求6及び7は本件条例の交付行為の無効確認・取消しを求めるものであり、これらはいずれも行政訴訟の範疇には入るものである。本件1審判決(藤山判決)はこれらを処分性を有する行為と認められないことや訴えの利益が認められないことなどを理由にいずれも不適法であるとして却下した。
(2)そして、国家賠償請求である請求5についてのみ認容して、国立市に対して損害賠償金4億円の支払いを命じた。その理由として、まず「本件地区計画の決定及び本件条例の制定は本件建物の建築計画を阻止するためにされたものであることは明らかである」とした上で、「被告国立市長がこのような挙に出たのは、大学通り周辺の景観を維持することを目的とするものであり、このことのみに着目すると多くの国立市民の共感に支えられた行動を見ることができる。また、良好な景観をできる限り保持することが望ましいことについては一般的かつ抽象的には多くの国民が共通して認めるところである・・」と述べて景観保護に一応理解を示しながら、具体的には「保持することが望ましい良好な景観が具体的にどのようなものを意味するかについては、いまだ国民の間に共通の理解が存するとはいい難いし、まして、具体的な法令上の規制がない場合にまで、景観の保持の観点から私有財産権の行使が制約されるとの考え方が一般的なものとはいい難い。」と述べて、景観利益が法的保護の対象となることを認めなかった。逆に、「景観の保持の観点から新たな法的な規制をする際には、その規制内容が適正なものか否かに加えて、その規制が既存の権利者にいかなる影響を及ぼすものかを慎重に検討することが必要である。」と述べ、さらにこのことは「行政に一貫性の観点からあらゆる行政上の法規制に妥当することである」と説明を加えた上で、「この観点からすると、本件地区計画の決定及び本件条例の制定は、本件土地についての既存の権利者である原告が高層マンション建築のために多額の投資をしている点を無視しているばかりか、その行動を積極的に妨げようとしている点において、景観の保持の必要性を過大視するあまり、既存の権利者の利益を違法に侵害したものというほかない。」と結論づけて、国立市の本件地区計画決定及び本件条例制定につき国家賠償法上の違法性を認定した。
(3)また、国立市長の信用毀損行為と言われた行為についても、「被告国立市長は、国立市議会での一般質問に対する答弁において、被告国立市長の認識として原告の建設している本件建物が違法建築である旨を発言し、さらに、東京都知事等に対して、本件建物のうち高さが20メートルを超える部分について電気・ガス・水道の供給の承諾が留保されるように働きかけ、これが報道されたことにより、原告が違法建築をしたとの認識を広く第三者に知らしめたのであるから、これらの発言等により、原告の社会的評価が低下し、その社会的信用が毀損されたことは明らかである。」と述べ、違法性を認定した。
そして、本件地区計画決定及び本件条例制定については国立市らの故意を、信用毀損行為については国立市長の過失をそれぞれ認定し、前者については3億5000万円、後者については5000万円、合計4億円の損害を認定した。 (4)藤山判決が4億円の損害を認定した根本の原因は景観利益が法的保護の対象となることを認めなかったことにあるが、加えて、景観保護よりも既存の権利者の利益を損なわないようにすることに重きを置いた点も大きく影響している。この見解は少しも従前の判例の枠から出られなかったもので、これまで行政訴訟において先駆的な判断を示してきた藤山コートとしては慎重すぎたと言わざるをえない。
(5)藤山判決は損害額の認定についても疑問を感ぜざるを得ない見解を示している。藤山判決は本件地区計画決定及び本件条例制定による損害を3億5000万円と認定したのであるが、その額はXが提出した4億2922万7000円の鑑定(第1鑑定と呼ぶ)と3億0900万円の鑑定(第2鑑定と呼ぶ)を比較して、本件建物を再築するまでの期間を45年とした第2鑑定を建物と本件土地の損害を完全に分離して本件土地の分として割り当てたもののみを損害とした点や建物の評価を全く計算上の処理により想定して算出した点において相当でないとし、本件建物を再築するまでに期間を50年とした第1鑑定の方が建物と本件土地の損害を完全に分離せずに本件土地の分として割り当てたものだけを損害としていない点や建物の評価を計算上の処理による想定に加えて、本件土地の近隣において実際に存在する、本件土地に再築可能な建物と同規模の建物を抽出して、これらとの比較を行った上で再築される建物の想定を行っている点において優れているとしている。その上で「同鑑定によると、本件土地に再建築可能な建物は、本件建物に対し占有床面積で20パーセント少なく、販売単価では9パーセント下回り、平成12年3月20日時点では、本件建物及びその敷地の価格が212億6300万4000円であるのに対し、再建築可能建物及びその敷地の価格は163億4067万5000円で、その差額は49億2232万9000円となり、本件建物の耐用年数を前記のとおり50年として50年後の同額に相当する不利益が現実化するものとし、年利5パーセントの複利計算で現在価格に引き直すと、減価額は4億2922万7000円となるから、本件建物が既存不適格建築物となったことによってXの被った損害の額は4億円を下らないものと認めるのが相当である。」としている。しかし、本件建物が既存不適格建築物となったことによる損害の算定は50年後のマンション敷地の価格を鑑定時点で鑑定評価できてはじめて言えるのであるが、そのような鑑定はできていないし、また上記の本件建物及びその敷地の価格と再建築可能建物及びその敷地の価格の差額をもって50年後の不利益とした点は将来の再建築費まで含めて考慮したものであって、土地の規制に対する損害を考える場合には不合理と思われる。

4. 本判決(根本判決)の要旨と問題点

  本判決(根本判決)も1審判決と同様に請求1乃至4、請求6及び7は不適法として却下したが、国立市に対する請求5については2500万円及び遅延損害金の支払いを命じたので、それに関する理由を紹介して、その問題点を検討する。
(1)本判決(根本判決)は、まず「本件建物は、本条例が定める最高高さが20メートル以下と規制に適合しない建物ではあるが、建築基準法に違反する建物ではない適法建築物(既存不適格建物)であると判断する」と解した上で、「人格権に基づく財産権の制約が存しないわけではないので、本件土地を含む一帯の土地に景観に関する歴史性ないし地域性から建築物の高さを制限する内在的制約が存するか検討する」としたが、その内在的制約すなわち景観利益については、「上記一帯土地には、建築物の最高高さを20メートル以下にする内在的な制約は存在しなかった。」と述べて直接的には否定した。しかし、別の箇所では、「本件土地は、景観に関する潜在的制約が緩やかであったとも解することもできる。」と言って、間接的には認めるような口ぶりもしている。
(2)そして、国立市の本件地区計画及び本件条例内容自体については、その違法を問うことは困難と言わざるを得ないと述べて、否定した。
その理由については、「本件土地の所有者は、もともと本件地区計画部分及び本件条例部分と同様の規制に服さざるを得ないがい然性が極めて濃厚であった。逆に言えば、本件土地の所有者がその土地上の高さ制限について、将来にわたる行政上の施策の継続性を信頼することについては、何らの保護も与えられることはなく、事業展開する場合においては、かかるリスクを甘受しながら対応をしなければならないというべきである。・・本件地区計画決定及び本件条例制定によって本件建物が既存不適格化することに伴う第1審原告の損害は、理由がないことになる。」と述べている。この箇所は、上記のように「本件土地は景観に関する潜在的制約が緩やかであった」と述べたところと微妙な論理の食い違いを感じるが、裁判官としては両者の両立は可能と解したのであろう。しかし、「本件土地の所有者は、もともと本件地区計画部分及び本件条例部分と同様の規制に服さざるを得ないがい然性が極めて濃厚であった」とまで言うのであれば、「本件土地は景観に関する潜在的制約があった」と解することもできたのではないかと思われる。本判決(根本判決)はもう景観利益の認容に手が届くまでのところに来ていたのである。 (3)本判決(根本判決)は、Xの営業活動を妨害する行為による不法行為については、「地区計画及び条例内容自体は有効・適法なものであり、その制定手続に瑕疵がないとしても、その制定主体である地方公共団体ないしそれを代表する首長が、私人の適法な営業活動を妨害する目的を有していることが明らかで、かつ、他の事情とあいまって、地方公共団体及びその首長に要請される中立性・公平性を逸脱し、社会通念上に許容されない程度に私人の営業活動を妨害した場合、違法性を阻却する事情が存しない限り、行為全体として私人の営業活動を妨害した不法行為が成立することがあるというべきである。」という一般的基準を打ち出した。この基準の是非は本来本稿で扱うべきテーマであるが、本件事案において国立市長の行為をもって「私人の適法な営業活動を妨害する目的を有している」と評価して検討することは相当とは思われないので、本判決の具体的な妥当性を離れて、その基準だけを論評することは控えたい。
本判決(根本判決)は、上記の一般的基準に本件を当てはめたところ、「・・以上の第1審被告らの行為については、全体的としてみれば、本件建物の建築・販売を阻止することを目的にする行為、すなわち第1審原告の営業活動を妨害する行為であり、かつ、その態様は地方公共団体及びその首長に要請される中立性・公平性を逸脱し、急激かつ強引な行政施策の変更であり、また、異例かつ執拗な目的達成行為であって、地方公共団体体又はその首長として社会通念上許容される限度を逸脱しているというべきである。」という結論を出した。なお、本判決は、この結論について、「これらの行為については、個々の行為を単独で取り上げた場合には不法行為を構成しないこともあり得るけれども、一連の行為として全体的に観察すれば、第1審被告らは、補助参加人らの妨害行為をも期待しながら、Xに許されている適法な営業行為すなわち本件建物の建築・販売を妨害したものと判断せざるを得ない。」と言葉を付け加え、非難されそうな箇所について理由を厚くしている。
 全体的観察により違法性を認定する手法はこれまでも見られたところであるが、本判決では「個々の行為を単独で取り上げた場合には不法行為を構成しないが、一連の行為として全体的に観察すれば不法行為を構成する」という表現をした点に特色がある。この見解に対する疑問は、個々の行為を単独で取り上げた場合には適法と評価しながら、一連の行為として全体的に観察すれば違法になる理由は何かと言うことである。判決理由を仔細に見ると、それは私人の適法な営業活動を妨害する目的を有していることが理由のようにも読めるし、個々の行為を重ねることにより全体として見れば地方公共団体及びその首長に要請される中立性・公平性を逸脱することになったり、異例かつ執拗な目的達成行為となるというようにも読める。この見解は訴訟において自治体側に有効な防御方法を取らせない可能性を含んでいるので、裁判所がこの見解を採用するのであれば、恣意的な判断に流れないような基準を明らかにすべきである。 (4)本判決(根本判決)の問題点は損害論にも現れている。先に、本件1審判決(藤山判決)の損害論の問題点を指摘したが、その点を考慮したのか、本判決(根本判決)は損害論を違った観点から組み立てている。すなわち、営業活動を妨害されたことによるXの損害をA損害、B損害、C損害の3つの観点から組み立てさせ直した上で検討した。
まず、A損害は、本件建物が補助参加人らも共謀した第1審被告らによる違法な本件地区計画と本件条例により既存不適格化し、50年後に予測される建て替えの際に高さ20メートル以下の規定が適用されその価格が減損すると捉えるものであるが、50年後の減損価格を予測することは困難であるので、現時点の経済的諸要因、立法上の規制が存するものとして算定することが許されるとして、本件条例が制定されず、第1審被告ら及び補助参加人らによる妨害行為がなかった場合の本件建物と同規模の14階建てマンションの価格(212億6300万4000円)を前提にして、その価格から本件条例に伴う20メートルを超える高さ制限ある7階建てマンションの価格(163億4067万5000円)との差額(49億2232万9000円)を耐用年数に基づき複利減価をした4億2922万7000円をもって損害とするものである。
   次にB損害は、本件建物の当初売出予定価格合計は215億8500万円であり、第1審被告ら及び補助参加人らによる妨害行為がなければその価格で即日完売又はこれに近い状況で売却できたはずであったが、第1審被告ら及び補助参加人らによる妨害行為のために販売開始時期を2年以上遅らせざるを得なくなり、かつ、実際の売出価格合計も185億9970万円に減額設定せざるを得なくなったので、その差額の29億8530万円をもって損害とするものである。 最後のC損害は、本件建物は即日完売又はこれに近い状況で売却でき、工事施工業者から竣工引渡し予定の平成14年2月28日には本件建物全343戸を購入した顧客に引き渡すことができたはずであったが、第1審被告ら及び補助参加人らによる本件条例などの妨害行為により、販売開始時期が遅れた上、平成15年3月31日時点においても219戸の売れ残り住戸が存在したため、工事施工業者から引渡しが完了した平成14年2月28日から平成15年3月31日までに間にXが負担せざるを得なくなった固定資産税、管理費、不動産取得税及び金利の負担分並びにその他の経費合計4億3842万5630円をもって損害とするものである。
本判決(根本判決)は、A損害については本件土地が上記のような潜在的リスクを内在し、かかる価格減損はXにとって当然予測し、受忍しなければならない範囲内のものであったという理由から否定した。
また、B損害については、当初の売出価格には既存不適格となるリスクをXが考慮した形跡を見出すことができないなどの理由で否定した。
最後のC損害については、第1審被告ら及び補助参加人らの行為により本件建物の住戸が売却できなくなったり、売却できたとしてもその売却時期が遅れたものが存在したことは優に推認できるとしたが、その具体的損害額については、本件建物の既存不適格化、Xによる強引とも評されかねない営業手法、補助参加人らによる適法な反対運動部分、それらについてのマスコミ報道等の影響との関係があり、その性質上その額を立証することが極めて困難といえるとして、民訴248条により1500万円を認定した。
この損害額の算定経過を見ると、Xに損害を認定することが非常に困難であったことが明瞭に窺われるのであって、このことはそもそも国立市長の行為がXに対する損害を発生させるような不法行為として評価できるものかという疑問を提示するものである。そして、もし景観利益が認められた場合には不法行為の成立が否定されることもあり得ることを示唆している。
なお、本件判決はXに対する信用毀損についても国立市の不法行為の成立を認めたが、その損害も民訴248条により1000万円と認定しており、このことにも上記と同様の疑問が感じられる。
(5)本判決(根本判決)は国立市が上告しなかったため、国立市に関する部分は確定したが、補助参加人らが上告・上告受理の申立をしたため、最高裁でさらに審理されることになった。

5. 宮岡コート訴訟最高裁判決の影響

最後に、宮岡コート訴訟(建築物一部撤去請求訴訟)において景観利益を認めた最高裁第1小法廷平成18年3月30日判決を紹介し、本判決(根本判決)への影響を考えてみたい。
最高裁判決は、一般論として「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という)は、法律上保護に値するものと解するのが相当である」と述べて「景観利益」を初めて法律上の保護利益と認め、景観利益侵害による不法行為の成立要件としては「景観利益は,これが侵害された場合に被侵害者の生活妨害や健康被害を生じさせるという性質のものではないこと,景観利益の保護は,一方において当該地域における土地・建物の財産権に制限を加えることとなり,その範囲・内容等をめぐって周辺の住民相互間や財産権者との間で意見の対立が生ずることも予想されるのであるから,景観利益の保護とこれに伴う財産権等の規制は,第一次的には,民主的手続により定められた行政法規や当該地域の条例等によってなされることが予定されているものということができることなどからすれば,ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには,少なくとも,その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど,侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解するのが相当である。」と述べた。
  そして、本件の大学通りの景観については「大学通り周辺の景観は、良好な風景として、人々の歴史的又は文化的環境を形作り、豊かな生活環境を構成するものであって、少なくともこの景観に近接する地域内の居住者は、上記景観の恵沢を日常的に享受しており、上記景観について景観利益を有するというべきである」と述べ、大学通りの景観に周辺に近接する地域内の居住者に景観利益の保有を認めた。しかしながら、完成したマンションの高さ20メートルを超える部分の撤去請求については、上記の基準にあてはめ、「本件建物の建築が、当時の刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり,公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなどの事情はうかがわれない」と判断し、上告人の景観利益を違法に侵害する行為に当たらないとした。
この最高裁判決は初めて最高裁レベルで景観利益が法的に保護されるものであることを認めるともに本件の大学通りの景観に周辺に近接する地域内の居住者に景観利益の保有を認めた点で画期的である。最高裁判決の特色は1審の宮岡判決と異なり、景観利益を土地所有権から派生するものとせずに、人格権の一種としている。したがって、土地所有者でなくても、景観利益が発生したと認定された景観に近接する地域内の居住者はすべて景観利益を保有することになる(注)。しかも、1審の宮岡判決が、景観利益の発生要件を厳しくしぼり、「特定の地域内において、当該地域内の地権者らによる土地利用の自己規制の継続により、相当の期間、ある特定の人工的な景観が保持され、社会通念上もその特定の景観が良好なものと認められ、地権者らの所有する土地に付加価値を生み出した場合」と限定したのとは異なり、はるかに緩やかに認めている。その代わり、景観利益侵害が違法となる要件を厳しくしている。そのため、景観利益の発生は認められても、その侵害を理由とする損害賠償請求も建築差止請求も認められないという事態が起こることが予想される。他方、最高裁により景観利益が法律上の保護の対象となることが認められたことにより、本件のような景観保護規制を進める公共団体の規制や行政指導などが不法行為に該当する可能性は原則としてなくなり、不法行為が成立するのはごく例外的な場合に限られることが予測される。というのは、本件1審判決(藤山判決)と本判決(根本判決)が不法行為の成立を認めた根本的な理由は景観利益を認めなかった点にあると思われるからである。したがって、本件の上告審においても、訴訟上は別事件とはいえ、同じ大学通りの同じ当事者間の紛争であるだけに宮岡コート訴訟最高裁判決が景観利益を認めたことに歩調を合わせて、本判決(根本判決)の結論が変更されることもあり得ると思われる。


(せき ともふみ・弁護士)

(注)最高裁判決の理解については、大塚直著「国立景観訴訟最高裁判決―最一判平成18・3.30」(NBL834号(2006.6.1)4頁)を参照されたい。