(東京弁護士会法友全期会創立20周年記念誌・昭和59年3月刊)
秋山真之の戦術研究方法に学ぶ
関 智文
私の愛読書の一つに「アメリカにおける秋山真之」上下(島田謹二著、朝日新聞社刊)がある。ご承知のように秋山真之は、日本海海戦の際連合艦隊司令長官東郷平八郎の先任参謀を務め、例の「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」という報告電文の起案者として知られているが、この本は、比較文学の見地から、アメリカ留学中の秋山真之の報告文や手紙を材料に、秋山真之の留学中の生活と思想を描いたものである。
海事の戦略・戦術を研究することを自ら課題に選び渡米した秋山真之は、海軍大学への入学を希望するが認められなかったため、同大学の校長をしたこともあり当時「海上権力史」の著者として名を知られていた予備役大佐マハン宅を訪ね、同大佐に海軍戦術の研究方法を聞く。同大佐は、第一に過去の戦史から実例を引き出して勝敗の原因を徹底的に調べること、第二は欧米諸大家の著書を味覚すること、そしてそれらから得た知識を分解し、自分で編成しなおし、自分で自分なりの原理を打ち立てるべきであるとアドバイスする。このような考えは、秋山真之自身が従前から身につけていた「まず物事の要点は何かと考える」発想法に似ていたので、直ちに受け容れるところとなり、秋山真之はこの方針に従い2年半にわたる留学中日夜読書研究に邁進し、その成果が後年日本海海戦の勝利となって結実するのである。
私は、自分の弁護士としての未熟さを痛感するたびに、相手方との交渉方法や訴訟における攻撃防御方法の選択など弁護士業務の全領域にわたり、どのような場合にも応用できる弁護技術の原理が会得できないかと考える者の一人である。書物の中にはストライカーの「弁護の技術」やウェルマンの「反対尋問の技術」など有名なものがあるが、いずれもすべての問題について網羅されているとはいえない。そこで、そのような望みを実現しようとすれば自分なりに研究し会得しなければならないことになるのであるが、その研究のためには秋山真之がとったように過去の事例や諸大家の著作を分析研究し、そこから原理を引き出すしかないであろう。時々そのような研究に着手してみたいという気持がおきることがあるが、秋山真之のような才能もなく勤勉でない者にとっては夢のまた夢でしかない。しかし、怠惰な私でも、この本を開くたびにそのような考えが見果てぬ夢として湧いてくるのである。